以前の私は、目標を途中で変更することを「負け」だと思っていました。少なくとも、大手スクールの申込書に名前を書いた日は、そう確信していました。
しかし、今の私は簿記1級への挑戦を中断したことを「失敗」とは捉えていません。正確には、あの経験を経て「自分のリソースの使い道」を再定義できたという感覚に近いです。
これは単なる挫折の記録ではなく、ワーキングマザーとして、そしてIT営業として「自分の活かし方」を整理し直した記録です。正しいルートかどうかより、今の自分に合ったルートを選べるかどうかが、限られた時間の中では大事だと感じています。
- 尊敬する先輩への憧れと、1級という高い壁への挑戦
- 「1単元覚える間に1単元忘れる」——脳のキャパシティと忘却のループ
- スキマ時間学習には「天井」があるという構造的な気づき
- 1級を「諦めた」のではなく、ビジネス会計(分析)へ「ピボット」した論理性
- 2026年10月、次なる標的「ビジネス会計検定」へ
1. 1級という壁と、私の小さなプライド
尊敬する先輩の背中
きっかけは、同じ会社の先輩でした。彼女は育休中に大手スクールへ通い、日商簿記1級へチャレンジしました。残念ながら合格には至らなかったものの、復職後、その知識はやはりすごく輝いて見えました。
知識の量だけではなく、数字の見え方そのものが違う。同じ決算書を前にして、読み取れる情報量に明らかな差がありました。
「自分もあのレベルに到達したい」
その純粋な尊敬と、少しの競争心が私を突き動かしました。2級を取得してから間もない時期だったこともあり、「勢いのあるうちに1級まで行ってしまおう」という判断は、今思い返すと少し焦りがあったかもしれません。
テキスト10冊の物理的な「重さ」
私も次男の産休中に大手スクールの申し込みボタンを押し、数日後に届いた箱を開けたとき、中には10冊以上のテキストと問題集がびっしりと並んでいました。テキストが入った箱を持ち上げた瞬間の物理的な重さに一瞬立ち止まりましたが、その時はまだ「時間をかければやれる」と自分を信じていました。
ただ、冷静に振り返ると、あの重さを前に「本当にこれを全部やれるのか」という疑問は、頭の片隅に確かにありました。
2級のときのテキストは2〜3冊で、通勤の往復1時間で一巡するのに3ヶ月ほどかかりました。1級の10冊という量は、それだけで同じ勉強スタイルが通用しないことを示唆していました。ただ、あの時点では、「自分ならできる」と漠然と思っていたんだと思います。
2. 「忘却のループ」とスキマ時間の限界
1単元覚える間に、1単元を忘れる
簿記1級は商業簿記・会計学・工業簿記・原価計算の4科目が独立しつつも深く連動しています。一つの科目を理解するためには、別の科目の知識が前提として必要な場面が多く、全体を俯瞰した理解がないと個別の論点が点として残るだけになります。
ただ覚えるだけではなく「理解」が必要でした。
学習を進める中で直面したのは、脳のキャパシティの限界でした。
工業簿記に集中した翌週には、先週完璧にしたはずの連結修正仕訳の手順が曖昧になっている。のれんの償却処理のパターンは思い出せるが、子会社の利益剰余金に対する持分の計算が出てこない。新しい知識を入れるそばから、古い知識の輪郭がぼんやりしていく感覚は、2級のときにはありませんでした。
2級までは順調だったのに……と立ち止まっている方へ。私が感じた『2級の壁』の正体はこちらです。

2級は各論点がある程度独立していて、1つの論点を仕上げると「完結する」感覚がありました。しかも、1級よりもボリュームが少ないため、テキストを何回も読み返すことで知識の定着もしやすかったように思います。
しかし、1級は論点同士が複雑に絡み合っているため、どこかを仕上げても「全体の完成度」がなかなか上がりません。この構造の違いは、スキマ時間学習との相性が非常に悪いと感じました。
「塊の時間」が取れないという現実
応用情報技術者や簿記2級は、通勤の往復1時間というスキマ時間と子どもの寝かしつけ後の時間の積み上げで突破できました。1論点を10〜15分で理解できる範囲に分解し、毎日少しずつ進める方法が機能していました。
しかし1級は、その方法が通用しませんでした。各科目が複雑に絡み合っているため、まとまった時間で全体像を反復しながら理解を定着させる必要があります。
10分の細切れ学習では、1つの論点を理解し始めた頃に時間が来てしまい、翌日には再び同じところから読み直すことになります。
理解が積み上がる前に、時間が切れる。このサイクルが続くと、「やっているのに進んでいない」という感覚が蓄積していきます。
2人の子どもを育てながら時短ながらも正社員として働く今の生活で、平日に3時間以上の連続した学習時間を確保するのは非常に難しい状態でした。週末の時間を確保しようとしても、溜まった家事や子どもの体調、行事、家族の用事で計画通りに使える週のほうが少ない。この現実と1級の学習スタイルは、根本的に合っていませんでした。
3. 「会計士」になりたいわけじゃない。目的の再定義
撤退を決める前に、原点に戻る
撤退を決める前に、原点に戻って自問しました。「私は何のために、簿記1級を目指しているのか」
子どもを寝かしつけた後に、疲れた頭でテキストを開きながら、問題に取り組むような生活を続けて、体力を削る。これは何のためにやっているんだっけ?
公認会計士になりたいわけではない。税理士事務所に転職したいわけでもない。私はIT企業の法人営業であり、将来は数字を武器に判断できる人材になることです。
その目的に対して、今の自分に必要なピースを再計算しました。
簿記1級が求める「高度な仕訳の技術」は、その目的に対して最短ルートなのか。
冷静に見ると、答えは「必ずしもそうではない」でした。
「作る力」よりも「読む力」が欲しかった
私が憧れた先輩の強さは、正確な仕訳を切ること(作る力)ではなく、決算書から経営課題を読み解くこと(読む力)でした。
彼女が打ち合わせで的確に、自社の決算書類と中期計画の矛盾に言及できたりするのは、連結仕訳の処理手順を完璧に覚えていたからではないはずです。
財務諸表のどの数字が何を意味しているか、数字の動きからどんな経営判断が読み取れるか、という「読む技術」が身についているからです。
簿記1級の学習は、非常に高度で複雑な仕訳の技術を磨くものです。精緻な帳簿処理の積み上げ方を理解する試験であり、取得すれば会計の専門性は確かに高まります。
対外的にも「会計知識を十分に持っている人」と見てもらえるでしょう。
しかし、IT営業の現場で顧客の財務状況を読んで提案に活かすという目的には、仕訳の精度より分析の解像度のほうが直接役立ちます。
私は1級を「諦めた」のではなく、より実務に直結する「ビジネス会計(財務諸表分析)」へ投資先を変更したのだと定義しました。
目標を変えることへの抵抗感はありました。スクールに申し込んでテキストまで受け取った後で方向を変えるのは、「途中で投げ出した」になると思っていたからです。
でも実際には、「何のためにやるのか」が明確になったうえで「今の目的に合う手段に切り替えた」のであれば、それは撤退ではなく修正です。
IT営業の現場で、この『読む力』が具体的にどう提案の武器になるのか。10年のキャリアで気づいた活用術はこちらにまとめています。

4. 次なる標的:ビジネス会計検定への挑戦
「仕訳の迷宮」から「分析の舞台」へ
ビジネス会計検定は、簿記で学んだ知識をベースに、貸借対照表(B/S)・損益計算書(P/L)・キャッシュフロー計算書をどう読み解くかに特化した試験です。大阪商工会議所が主催しており、3級・2級・1級の段階があります。
簿記との違いを整理すると、簿記(2級・1級)は「複雑な取引をどう帳簿に記録するか」というインプットの技術を問う試験です。
一方、ビジネス会計検定は「記録された数字から、企業の強みと弱みをどう見抜くか」というアウトプットの技術を問います。
IT営業として必要なのは、決算書という「すでに出来上がった数字」を正確に読む力です。
その数字がどう作られたかの深い理解は、分析の精度をある程度高めますが、それ自体が目的ではありません。簿記2級で培った仕訳の基礎知識を土台に、分析の技術を専門的に磨く、という流れは目的に対して合理的です。
1級の学習が、ビジネス会計の強力な武器になる
1級の学習を途中で中断したことで、損失しかなかったかというと、そうではありません。
連結財務諸表の仕組み、税効果会計の概念、セグメント情報の読み方。これらは1級のテキストで学んだ内容ですが、ビジネス会計検定の分析問題でも直接登場します。連結財務諸表を分析するには、そもそも連結の仕組みを理解していることが前提になるからです。
1級に挑んで会計の全体像を一度俯瞰した経験は、ビジネス会計の学習をスムーズにする下地になっています。
「挑戦したが完走しなかった」という事実は変わりませんが、その過程で得た知識と「自分の学習スペックの正確な把握」は、次の試験への具体的な資産として機能します。失敗を「授業料」として回収する、という感覚です。
2026年10月、公式テキストと共に再始動
2026年10月の受験を目標に、ビジネス会計検定3級の学習を開始しています。今回は1級の時の反省を活かし、「公式テキスト・問題集」を軸に、自分のペースで深く理解を定着させる独学スタイルを選びました。
1級で痛感した「忘却のループ」は、ビジネス会計では起きにくいと感じています。各論点が「企業分析」という一つの目的に向かって整理されているためです。流動比率・ROE・インタレスト・カバレッジ・レシオといった指標は、単なる暗記事項ではなく、「この企業が今どういう状態か」を読み解くためのツールとして繋がっています。
通勤の往復1時間で公式テキストを読み込み、週末に問題集でアウトプットする。この「段取り」が、今の私には一番しっくりきています。
実際の公式テキストを購入したので、こちらの記事で紹介しています。

まとめ:正解のルートは、一つじゃない
ワーキングマザーのキャリアは、常に限られたリソースをどう配分するかというゲームです。
時間・体力・集中力のすべてが有限であり、どこに投資するかを選ぶことは、何かを選ばないことでもあります。
1級を中断した夜、少しの悔しさはありました。でも翌朝には、次の照準に意識が向いていました。止まっている時間がないのが、今の私の現実だからです。
「諦める」ことと「選び直す」ことは違います。前者は目的ごと手放すことであり、後者は目的を持ったままルートを変えることです。
私は「数字を武器にできる営業になる」という目標を変えていません。ただ、今の自分のリソースで最速で到達できるルートを選び直しただけです。
先輩と肩を並べるという目標は変えていません。到達するためのルートを最適化しただけです。それだけで、今日の私は昨日より一歩、前に進んでいます。
私が1級を撤退してまで手に入れたかった『数字の武器』の具体的な使い方は、こちらの記事で紹介しています。


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